大好きアジア

2008年10月 6日 (月)

今年のグローバルフェスタで。。。

今日は朝から雨、やんだと思ったらまた降って、家でのんびり、代休をすごしています。

夫だけ朝、がんばって仕事へ。かなりしんどそうで心配。私は、全身倦怠感を感じながら…

今年のグローバルフェスタ、昨年と同じく、稲刈りとバッティングしたのに、優先してしまった毎年恒例のイベント。でも、素敵な出会い・再会があり、やっぱり楽しかったのでした。

高校時代の同級生で、大学院時代の友人、研究室は違うし、高校では同級生だったはずが院では先輩だったのだけど、仲良くしていました。今はこっちに出てきて、会社員と日本語教師をしつつ、難民の支援をしているのは、何年か前に知りました。

去年は会えなかったけど、今年は会いに行こう!と思い彼女の所属するNPOのブースへ。(なんと通路挟んですぐ隣。)そしたらそこにはいなくて、A大使館のブースに。

今回はたまたまA大使館のブースの一角を貸してもらうことができたそうで、いまはA国の難民支援にも少し関わっているとか。

どんどん活躍の場を広げている彼女に、「私も今、日本語のボランティアしているよ~。」って。日本語教師になりたいって言っていた学生時代を知っている彼女、すぐにピンときてくれたみたい。同じ様なところをぐるぐるしてるみたいだからまた会えるねって言って、別れました。

自分のブースに戻ってサモサの売り子を…って思ったら、今度はローズガーデンのYさんがご家族で。ご主人が去年までW大ボランティアセンターから出展されていたそうで。実はYさんとは金曜日に、武蔵小金井の花屋さん・ferizさんでもばったり。もしかして運命の赤い糸…?(笑)

次の水曜日は[ほっとマザーズ]。なんだかどんどんつながりができていくようで、今度お会いできるのがとても、楽しみになりました。

そして今年はもう1人、はなの赤ちゃんの時からの友達Hちゃんも一緒に参加していました。そして、その母も、途中から参加。もうかれこれ10年以上のつきあいなんだけど、最近あれこれ話をするようになって、誘ってみました。

Hちゃんの母とは、幼稚園の三役仲間。はなを見ていて、あれこれ思うこともあったようで。私こそ、彼女からいろいろ受け取ることも多く。。。「これからもよろしくね。」と言って、最後は別れました。

さらに夫がJOCVに行った時からのつきあいのコミラ人さんが彼女と登場。この何年か彼女にはよくお会いしていたけど、いよいよ仲間入りのようで。我が家のリピーターだったコミラ人さんが、ここ数年はぴったりと来なくなって。(笑)ボランティア素人仲間が増えるのが嬉しかったりしています。

古い出会いと新しい出会い。あれこれあったこの一日でした。

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2008年10月 5日 (日)

今日はグローバルフェスタ

今日はグローバルフェスタ
毎年恒例のグローバルフェスタに来ています。
昨日の筋肉痛がつらいです。
これを読んでる人、日比谷公園へGO!

(追記)グローバルフェスタの後は、稲刈り…と思っていたのですが、結局天候不良で行きませんでした。我が家は去年も稲刈り行けなくて…「米作りスタッフ」の名折れ、というより、行くぞ行くぞと言っていたのに手伝えなくて、申し訳ないくらい。

でも、グローバルフェスタの後の打ち上げで、「安曇野温泉ツアー」の話が盛り上がりました。次は是非、みんなで安曇野地球宿に行って、のんびりしようってことに。実現するといいな。

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2008年8月17日 (日)

Asian Summer in ヒルズ

Asian Summer in ヒルズ

久しぶりの生バウル、あいにくの雨だったけど、良かった〜。
バウルとパキスタンの音楽のセッションもあって、良かった〜。写真は、そのセッション風景。バウルを演奏したのは、ターバンの人と、黄色いサリーの人。
バウルって声がのびやかでほんときれいで…うまく表現出来ないけど、好きです。
演奏が終わってからふらふらとヒルズの中を歩いていたら…広くてよくわかんない、高そうな店ばっか〜って思ってたら、オープンガーデンのようなところに出ました。あら、アジア料理の屋台が…と思ったら、突然太鼓の音!ここでもミニコンサートが開かれていました。Asian Summer in ヒルズ太鼓は韓国の楽器。ろうそくの灯りの中で聞きながら、ヤムンセンやガイクンなんて食べて…あ〜嬉しい。
ヒルズは夏休みいっぱい、Asian Summerだそう。雨でもめげずに来て、良かった〜。
ほんとならビールも飲みたいところだけど、夜遅く帰ってくる娘たちを車で迎えに行くので、がまん、です。(*^_^*)

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アジアン・フェスタ

アジアン・フェスタ
ヒルズにいます。初ヒルズ(笑)
あいにくの雨ですが、そろそろ開演…人が増えてきました。
楽しみ〜♪

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2008年7月29日 (火)

ベンガルの吟遊詩人・バウルコンサート

突然ですが、8月15日か16日の夕方、お時間空いている方、いらっしゃいませんか?

ベンガル地方(バングラデシュ・インド東部)に昔から伝わる民族音楽・バウル ガン(song)のライブが、六本木アリーナであります。http://www.roppongihills.com/jp/events/asiansummer2008festa.html

他にも中国や、アジアの音楽満載の3日間、ついでにアジアンフードも食べれてしまうイベントらしいです。

どんな音楽か、というと、ここで聴けます。http://www.myspace.com/satyanandadasbaulsongs

なぜバウルか、というと、私が15年前にバングラデシュに滞在していた時に、現地でバウル ガンを習いに行っていたんです。せっかくバングラに来たのだから、何かひとつ持ち帰ろうと思って始めた、習い事。ベンガル文字は自分の名前が書ける程度、会話はリキシャに1人で乗って、家に帰り着ける程度。でも、バウルは1曲歌えるようになりました。

お盆だから、無理かもしれないけど。。。うちは子どもと夫が夫の実家へ帰省中なので。。。ぎりぎりまで、一緒に行ける方、募集です。もちろん1人でも行っちゃいますけどね^^

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2008年6月22日 (日)

「NHKスペシャル 沸騰都市 ダッカ」 見終わりました

今日の夜9時から放送していた、「NHKスペシャル 沸騰都市 ダッカ “奇跡”を呼ぶ融資」、見終わりました。

たまたま知人からかかってきた電話で知った今日の放送。でも、あんまり期待せずに見たのですが。。。。

(朝日新聞の番組欄より) 目覚しい経済成長を遂げているバングラデシュに焦点を当てる。急速な発展の原動力は、貧困層の劇的な所得の向上にある。貧困層の一人ひとりが“起業家”となって自力で豊かさを手にしようとしている。その助けとなっているのが、無担保で少額を融資するマイクロクレジットだ。

面白かった~!!!ダッカの、バングラデシュの人々のアグレッシブで前向きなパワーが感じられて、ほんとに面白かったです。そうよ、これなのよ、この前向きなベンガル人が、私の知ってるベンガル人って感じがする!

いつもテレビでバングラデシュの特集をすると、なんだろ、「最貧国」「災害に翻弄される悲惨な国」「かわいそうな人々」…といったイメージで、番組が作られている感じ。この番組を教えてくれた知人のSさんとも話していたんだけど、私たちもうそういうの、飽きちゃってる。

今回の番組では、“世界最大のNGO BRAC”の、新規起業者への融資、スラムの女性たちへのマイクロクレジットを、取り上げていました。新規起業者は、14歳で田舎の村からダッカへ出てきて20年縫製工として働き、今回独立したというもの。初回の融資を期限の日になんとか間に合うよう、必死でお金を集める姿が印象的でした。初回の融資をきちんと返せないと、「信用」ががた落ちになるから…

この「信用」という言葉、日本ではもう死語?でも、私たちの中では大事に思っている言葉だと思うのだけど、この言葉が彼らの口から出てきたことがすごいなって思いました。ノーベル平和賞を受賞したユヌスさんが「信用を担保する」って言ってたけど、そういう人が言っているんじゃなくて、もっと庶民にまで浸透して行っている。

Sさんいわく、「『信用』が大切って知った彼らは、これからが強いかもね。」って。

私が初めてバングラへ行って覚えた言葉は、「ミッタ」…いいかげんとか、てきとうとかいう意味だったと思うのだけど、どちらかというとその言葉のイメージの国民性(というと大雑把すぎるけど)。いい加減も必要なんだけど、、、そうじゃないところで豊かになろうとしている姿が、印象的でした。

もうひとつ印象に残ったのがスラムの女性たちの「政府も誰も助けてはくれない」「自分の力で豊かな生活を手に入れるんだ。」という言葉。

BRACが農村の中学校にひいたインターネットのおかげで、農村の農産物の値段が、ダッカの市場価格の半分だということを知った村の青年たち。それを農作物を売っているおじいちゃんに伝えると、「農民は貧しいのがあたりまえ。しかたないんだ。」その、あきらめてしまった顔。

でも、村の青年たちがずっと伝え続ければ、ダッカからの仲買人ともう少し交渉して、もう少しでも利益が得られるようになるのではないか。そこにスラムの女性たちの「自分の力で豊かな生活を手に入れる」と言う言葉が重なってくる。。。

以前だったら村のおじいちゃんみたいに、あきらめてしまうのが大多数だったはずなのだけど、(スラムの女性たちは)そこから抜け出そうとし始めている、そんな動きを感じました。(BRACがインターネットをひいたのは、都市と農村の情報格差が、貧困を生むと考えたため、だそうです。)

番組の中で「物乞い(ボクシーシ)は見られなくなり」と言っていたけど、昨年の12月にバングラに行った夫によると「半減」といったところらしいですが。「また美化して!」って突っ込むのは今回はやめておきます。それくらい、面白い番組でした。もし、再放送のチャンスがあれば、是非ごらんくださいね。

一緒に見ていたはなに、「さいひんこくって?」と聞かれたのですが、ほんとちょっと前までは日本が(GNP上は)世界で最も豊かな国だったなんて信じられないこのごろ。豊かさの尺度って、何なんでしょうね。。。

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「NHKスペシャル 沸騰都市 ダッカ」放送中!

総合テレビにチャンネルを合わせて、見てみて!

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2008年6月17日 (火)

ゆるい一日

ゆるい一日日曜日の午後、ラグビーの練習の後、家族で代々木公園まで出かけました。久しぶりの原宿駅!日曜日の午後とあって、たくさんのバンドが大音響で演奏する中、会場へ向かいました。(写真:BANGLADESH FESTIVAL 2008 と書いてあるゲート。柱には、黄色と赤のサリーが巻いてあります。
ゆるい一日前日は人出が少なかったそうなんだけど、今日はそこそこ盛況。「東京中のトルカリ(カレー)屋がでてるぞ。」と夫たちが言うくらい、たくさんのトルカリ屋さんがでていました。そこで見つけたのが「ペアジ」。写真を撮るのを忘れてしまったけど、トルカリよりもシンガラ(野菜のサモサ)よりも何よりも懐かしい!

ペアジは、ダル(ヒヨコ豆とか?)を小麦粉でつないで揚げたもの。揚げるのに15分くらいかかるという、ビールのおつまみにもってこいの食べ物。

初めてバングラに行ったのはちょうどラマダン(断食)中。その日のラマダンが明けると、イフタールと言って皆で食事をする。その時に出てくる食べ物のひとつがペアジ(ピアジ)。とにかくそのペアジがおいしくて、そればかり食べていた覚えがあります。

今日ここで15年ぶりに食べることができて!シンガラと一緒に買ってきたら、娘たちも手をのばして「辛くないよね?」って聞いてから、食べてました。いつかバングラへ行って、食べようね!

ゆるい一日他には、アジア雑貨のお店が出しているブースとか、旅行会社のブース、NGOなどのボランティア団体のブース(うちは一応、このカテゴリに入ります)。。。そしてステージでは、バングラデシュの音楽。タブラ(太鼓)とシタールのような伝統的な音楽や、ハルモニウム(鍵盤楽器)が入った歌(写真)、それから、現代のBANGLA POP?

手作り感たっぷりで、ゆる~いおまつりでした。

今回はいつもみたいにシンガラを売ったりはせず、協力隊の活動紹介をするだけだったので、のんびり過ごせました。そのかわりに、はなたちはいつもみたいにお店以外のところで楽しめる場所が少なくて、ちょっと物足りなかったみたい。(つまり、お金がないと楽しめない。)まあそれも、これから変わっていくのかな?

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2008年6月14日 (土)

バングラデシュフェスティバル 2008

おととい、OV会の仲間から連絡をいただいて、夫が朝から出かけています。

いったいどんなおまつりなのか、見当もつきません。とりあえず、OV会はテントを借りて、協力隊の活動を紹介している、、、らしいです。

HP参照してください。あけたとたん、、、あまりにもバングラくさくて、わらっちゃいました。

明日、子どもと一緒に行ってきます。久しぶりの代々木公園を散歩できるってことで、それも楽しみです。

タイフェスティバルが盛況のようで、すっかり風物詩のようになっているから、このおまつりも定着していくといいな、と思います。

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2008年4月19日 (土)

お知らせ 続き

来週、下記の場所で、バングラデシュサイクロンの報告会があります。

…と言っても、12月に見てきたことの報告会なので、今更、という感じではありますが、91年のバングラサイクロン、阪神大震災、スマトラ地震、パキスタン地震に主に後方支援で関わってきた人の話です。

4月26日 2時から JICA地球ひろば2階 (渋谷区広尾4-2-24)

主催:バングラデシュOVの会

★この記事は、26日になったら削除します。

今日は26日の会場であったおまつりに行ってきました。明日も参加します。詳しくはまた後ほど。。。さすがに疲れました。

 

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2008年2月25日 (月)

識字学級の女の子たち

20070904224059_5土曜日の続きです。

Fさんに一番聞きたかったこと、それは、識字学級で学んだ女の子たちのその後です。

以前読み聞かせスペシャルで取り上げたビルギスちゃん、シャプラニールのHPによると、9歳の当時は向学心に燃えていたのですが、その後父親が病気をして学校を辞めることになり、母親には「何でもいいから職についてほしい」と言われ、また彼女自身病気もして、、、と多難な(でも、バングラデシュでは珍しくはない)人生を歩んだそうです。

Fさんに伺ったところ、都市部へ出稼ぎに行くこともなく、今は大工さんと結婚して、落ち着いた生活を送っているとか。

じゃあ、90年代前半にシャプラニールが識字教育で関わってきた村の、今は母親になっているはずの女性たちの意識はどう変化しているのだろう?それが、頭に浮かんできました。

20070904224853_edited_4我が家には90年当時のバングラデシュの農村の組合の識字学級の写真が残っています。協力隊の隊員有志が基金を作って、シャプラを通じて寄付をしてきた村の識字学級の写真です。この写真に写っている特に女性たちは、今、どうしているのでしょう。

国際協力に限らず、地域を育てる活動には、継続性が重要です。約20年後のここに写っている女の子たちは今きっと、子育て真っ最中のはず。組合の識字学級で、文字を学ぶだけでなく、学ぶことの楽しさ、学んで自分の収入を得ていくことのすばらしさ、いろいろなことを学んだはずです。そういった学んだことを、わが子に伝えているのでしょうか?

そう、質問をぶつけてみました。そしたら、「シャプラニールが一番初めから関わっている、ポイラ村の女性たちはやっぱり、意識が高いようです。継続してきたことが、根付いているのだと思いますよ。」とのお返事でした。ポイラ村の宗教性とかもあるようですが。

HPから情報を読み取ったりしているのはやはり、限界があるので、こうやって直接やりとりできるのはやっぱり、嬉しかったです。そして、私が忘れず頭の片隅で覚えていることも、伝えました。忘れないこと、それが大切だと思うのです。。。

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2008年2月23日 (土)

出会い

今日は仕事の後、とある講演会へ。

NGOのシャプラニールの、バングラデシュ・サイクロン救援活動の報告会でした。

詳しいことは後から書くかもしれない(書かないかもしれない)けど、、、そこで嬉しい出会いがありました。

バングラデシュのサイクロン情報は、12月に入ったころにはぱったりと途絶え、日本赤十字社のHPもなかなか更新されず、、、その中でシャプラニールのF駐在所長のブログで、逐一報告されるのが助かりました。なかなか現地の様子が伝わってこなくて、もどかしい思いをしていたので。

で、今日の報告会に、そのFさんがいらしていたのです。ちょっとためらったのですが、、、ご挨拶しちゃいました。その後、夫も交えて3人でお話ができました。

ブログは公共の場、特に駐在所長という立場の方が書かれているブログは公の性格を持つと思い、書きたいことも書かず、ぼかしてコメントしていました。今日お会いしていろいろとおしゃべりすることができて、とっても嬉しかったです。きっとFさんも、「ああ、そういうことだったのね。」と思われたかも。

2時間の報告会と、その後のFさんとのおしゃべりの間、一緒に行ったみのりもじっときいていてくれました。ありがとう。

バングラの農村女性の識字学級のこと、読み聞かせスペシャルで取り上げたビルギスちゃんのこと、いろいろ教えていただけました。また時間があるときに報告しますね。。。

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2008年1月22日 (火)

「点」と「面」~支援のあり方

いつもコメントを下さるシホさんのところで、海外支援についての記事がありました。こうやってさらりと記事にできちゃうところ、やっぱりかなわないな~って思っていたら、それは難しく考えすぎちゃうからじゃない?って。正確なこと書かなきゃとかおもうからじゃない?って。
そのとおりだったので、今日は私からも発信したいと思います。(でも、タイトルはやっぱり硬かったりするのです。)
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※送り先・キャンペーン詳細
http://www.shaplaneer.org/sutenai/hagaki.htm

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実はちょっとこのキャッチコピーには少し、違和感があります。私の聞いているシャプラの活動からすると。でも、こういうわかりやすい言葉からでも、興味を持ってもらえるなら、それでオッケイなので、あえてHPにあったまま、貼り付けてみました。

先日買い物に出かけた時、レジの脇に「〇〇〇〇〇に学校を」の募金箱がありました。
こういう「目に見える活動」はわかりやすいから、比較的寄付をしやすいのではないかと思います。

15年前まではお金やものを送る支援しか知らなかったので、ここで何度か紹介しているシャプラニールのやり方を初めて知った時、軽く衝撃を受けました。

シャプラの場合は、たとえば1人の子供の里親になるとか学校を建てるとか井戸を掘るとかの「点」の活動ではなく、地域を育てることに力を入れていると、私は解釈しています。「面」の活動とでもいいましょうか。
私自身はシャプラの会員でもないので、フェアトレード品のカタログやHPを見続けているだけなので、ちゃんと知っているわけではないのですが…。
1人だけ子どもだけが幸せになっても、その子どもを取り巻く環境はさほど変わっていかない。
でも例えば、母親が、シャプラが関わる組合の教室で、自分の力でお金を得る技術を身につけて、働いて得たお金で少しずつ組合にお金を預けて、その組合で作った学校に子どもを通わせて、その結果子どもが家の手伝いをしながらでも学校に行けるようになって、、、と、どんどん幸せの連鎖が起きること。
その最初の一歩を助けるのが、シャプラの活動なのかな、と思っています。シャプラのHPにも「自分たちの力で暮らしていけるように応援すること」それが活動の考え方だと書いてあります。主役はあくまでも現地の人々だと。そしてそれは、続くことに意味がある。里親がお金を送れなくなったら終わり、ではなくて。
お金は一時的なものでしかないわけで、お金よりも自活できる力をつけることの方が、長い目で見たら必要なこと。自分でお金を貯めておいて教育に使える人なんて(自分の身を振り返っても)なかなかいないのだから。。。
実はいつもコメントをいただくsatoshiさんの動きを見ていると、シャプラの動きと通じるものを感じています。日本から海外に働きかけていたノウハウが今、日本にフィードバックされてもいいのではないかとも思います。地域を育てる、そこでつながるものがあると思うのです。
今まで実は、この書き損じはがきキャンペーン、知ってはいても、はがきを実際に出したことはありませんでした。今年はシャプラの駐在員帰国報告会にも参加する予定なので、その時にでもはがきを届けたいと思います。

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2008年1月11日 (金)

感想。

先ほど、番組を見終わりました。で、思ったほどアクセスは増えませんでした。みんなもう興味なくなっちゃったのかな~。

映像で見れたのはよかったけど、特に目新しい情報はありませんでした。昨年の12月17日の朝日新聞の記事をもとにした特集だったようで。。。

番組に出ていた朝日新聞の記者の方には、うちの相方は現地でお会いしたそうで、相方が12月にご一緒したドクターのお顔も拝見することができました。

以前も書いたけど、ひとたび洪水がおきれば、あっという間に水は家を飲む。だって、堤防なんて私たちが思っている堤防じゃないんだから。温暖化がこの国にこんなに大きな被害をもたらすなんて。自分の頭の中では、つながっていなかったことがつながっていく。だから、忘れちゃいけない、伝えていきたい。

特集の最後で、古館さんが言った言葉、「CO2をだしていないこの国が、日本が出しているCO2の犠牲になっている。」これは正確ではありません。CO2、人間が生活している以上、排出されているのは間違いない。

それだけではなく、実は数年前までは排気ガス汚染が大きな問題だったこの国。何年も昔の中古車、ベビタクと呼ばれる三輪タクシーの排気ガス。はてしなく続く渋滞。日本みたいに車がきっちり整備されているわけでもないから、日中に暑い中排ガスにまみれて歩き回るのは、けっこうつらかったです。

資源の少ないバングラデシュだけど、天然ガスだけは豊富で、私が訪れた14年前は、北部の都市・シレットで、池の中からぽこぽこと湧き出て自然発火して、そのままただ燃えているだけの天然ガスをあちこちで見ました。どうやって表現したらいいんでしょ。とにかくもったいない、のひと言でした。

それが今では、その天然ガスを使ったベビタクが普及しているとか。14年ぶりのダッカについて相方の感想は「空気がきれいかった。」でしたから。

まだ充分でないとはいえ、そういった努力もなされているのに。そんなところまで番組を掘り下げて欲しいというのは、無理でしょうね。。。そんなことも考えながら、この番組を見ました。

(追記)調べるところで調べたら、ダッカの「都市熱」のことが話題になっていました。寒いはずの今、都市熱で寒くならないって。途上国=産業活動がない、わけではないんです。そういった国の方が、深刻な温暖化問題を抱えている可能性だってある。このことは京都議定書の当時から、問題になっていたはずなのに。。。

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2008年1月10日 (木)

「報道ステーション」

このタイトルで書き出すと、アクセスがとても増えると思います。

ただ、何度もお断りしていますが、私はこの問題に関してはただの素人。かってな意見を述べているに過ぎません。

今日の10時から、テレビ朝日系列の「報道ステーション」で、バングラのサイクロンの被害について報道されるようです。(関東は10ch、名古屋はめ~てれで11ch)

12月半ばまで、ほとんど情報が伝わってこなかった今回の被害状況。その後私は家族から聞くことで、多少は聞きかじっていましたが、彼も今報告書を書いている途中。ですから、映像で見れるのは貴重な機会かな、と思います。

現在は、NPOのシャプラニールのHPでも報告されているし、そのシャプラの駐在員の方の帰国報告会も予定されているようです。日本赤十字社のHPでも、新しい情報が記事になっていました。ですから、だいぶ私たちのもとに、情報が送られてくるようにはなりました。

「この国が困った時に、駆けつけられてよかった。」と言っていた彼の思い。そういう思い入れのないところで一般向けに語られること。そんな違いも感じながら見てみたいと思います。

というわけで、この記事は場合によってはタイトルを変えるとか、記事に多少手を入れるとか、そういったことをするつもりですので、ご了承くださいませ。(だって、このタイトルでググッたら、とんでもない順位で、ここがヒットしちゃうんですよ。嫌だもの~。)

*念のため、タイトル変えました。

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2007年12月22日 (土)

体験工房

体験工房

「陶芸道場・育陶園」 正面です。建物右側で、作陶体験中です。

住宅街の中にぽっこりとアジア~ンな空間がありました。

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2007年12月17日 (月)

love letter from…? その④

Photo「ボッダ川の夕日」

明日には夫が帰ってきます。(^^)v

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2007年12月16日 (日)

love letter from…?その③

love letter from…?その③「世界遺産で シャプラ発見」

世界遺産だから、バングラ南部にいるんですね。。。シュンドルボン(世界最大のマングローブ林)かな?それとも、バゲルハット?

シャプラは蓮の花、バングラデシュの国の花です。日本の蓮とはまた、趣が違うようで。。。

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2007年12月14日 (金)

love letter from…?その②

あんまりあれこれわかりにくい写真をアップしても。。。と思ったのですが、下の写真についてきたメッセージが思わず吹き出したので、ご紹介します。。。
love letter from…?その②「喰い方が下手になった。。。」

思わず、「そうお?」って返信しました。。。

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彼女のプレンカ

中上紀さんの『彼女のプレンカ』を読んだ。

中上紀さん、前からずっと気にはなっていたんだけど、評判を聞いてなんとなく、読んでみようという気になった。最近文章を読む時間が作れるようになったのもあって。。。

読んでいて思い出したのが、高校の頃読んでた作家。。。誰だっけ。。。と思いながら。。。そうだ思い出した、森瑤子。

小説よりも彼女のエッセイが好きで、高校の頃よく読んでた。今思うと背伸びしてたなあ。。。森瑤子はアジア好き。地中海クラブの存在を知ったのも、彼女のエッセイで。東南アジアのリゾートの話を読むのが好きだった。

森瑤子のエッセイの文章と、なんとなく香りが似ている気がした。

もうひとつ思い出したのが、2回目のタイ旅行のこと。タイは確か3回行っているんだけど、初めて行った時に宿題を残していた。

メーホーソンへ行くこと。

メーホーソンはタイ・ミャンマー国境近くの町。山の上から西を見ると、ミャンマーが見える、そう「地球の歩き方」に書いてあって、あこがれていた町。(もちろん、国境は越せない)

チェンマイで泊まっていた宿で知り合った日本人のお姉さまが、メーホーソンの手前のなんとかという村に行かないか、と誘ってくれた。私が、メーホーソンへ行きたいって言ったら、じゃあ、その村に行ってからメーホーソンまで足を延ばしたらいいと言う。どのくらい時間がかかるのか聞くと、何泊かしないと無理との事で、最初に決めた旅の予定を守ることを優先して、メーホーソン行きはあきらめた。

せっかくひと月もタイをふらふらしていたのだから、日本を出る前に行きたいと思っていた土地を優先しなくてもよかったのに、とは、今だから言えること。チェンマイでは、山岳民族の村に1泊するトレッキング・ツアーにも参加していたから、もっとサバイバルっぽいメーホーソン行きは、魅力はあるけど腰がひけてしまったのかも。

1年後、卒業旅行でバングラデシュへ行った帰りに、タイで10日ほど過ごした。ほんとは卒業旅行は、タイ~(マレー半島)~マレーシア~インドネシアで、ボロブドールを見て帰る、か、インドへ行きアジャンタ・エローラへ行く、予定だったのだけど、時間的に無理かも、というわけで、両方ともあきらめて、バングラデシュ~タイと、わりに素直なコースに。

バングラでボーダー(国境)を見たから、タイでも見たくなって、ラオス国境の町ノンカイまでの鉄道の切符を買った。でも、帰りの切符がなかなかとれない。向こうへ行って買えばいいって言う人もいたけど、帰りの飛行機の切符のこともあって、あきらめた。ちょうどソンクラーン(水かけまつり・タイ正月)前で、人の移動が多い時期だったから。

そんなこんなしているうちに、メーホーソンのことはすっかり忘れてしまっていた。1回目の旅行でであったタイ人のMAMや、スコータイのイエンに会いに行っているうちに帰る日が来ていた。

だから、タイには宿題を残している気がちょっとだけしている。

そんなことをちょっと思い出した、中上紀さんの文章だった。(なんか全く中上紀さんに関係ないことを書いてしまった。。。)

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2007年12月13日 (木)

love letter from…?

なんかきれいになったなあ。。。マーケットだと思います。
でも相変わらずの渋滞!なんか休暇前らしいです。

バングラデシュはいろんな宗教が入り混じっているので(イスラム教・ヒンドゥー教・キリスト教仏教。。。)、それぞれの宗教のお祝いの日もそれぞれで、お休みもいろいろあって、たいへんらしいです。

左側の車はたぶん、天然ガス(バングラは天然ガスが豊富!)で走る、ベビータクシーです。

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2007年12月12日 (水)

懐かしい風景

懐かしい風景             懐かしい風景

今朝夫から届いた画像です。彼は昨日の夜中にダッカに着いたらしい。てっきりクアラルンプールに泊まるかと…。

本人の許可はもらってないけど、いつもここに来てくださる方におすそわけです…。
懐かしい風景ダッカ市内の風景、だと思います。

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2007年12月 3日 (月)

忘年会のトルカリ

忘年会のトルカリムルギー(鶏)のトルカリと、野菜のトルカリです。作り方は知りません!OV会のKさん作。うちも覚えて帰ってきてくれたらよかったのに。。。彼ならたぶん、材料さえそろえば、作れるような気がするけど。

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2007年11月23日 (金)

バングラデシュサイクロン被害 続き

「バングラデシュ サイクロン」とかで検索してきてくださる方が、先日の記事のアップの後たくさんいらっしゃいます。ありがたいのですが、ご期待に添えていないでしょうね。。。。

私は災害援助の専門家でもないし、現地でのボランティア経験者でもありません。その両方をカバーする配偶者がいる、というだけです。

少し離れたところからの視点で、報道などを通じて感じたことを書いています。なんかおかしいところがあったら、時々覗いてくださるコミラ人さん、ご指摘くださいませ。

                    ★~☆~★~☆

20日朝のNHKのニュースでも、バングラデシュのサイクロンが取り上げられていました。

・サイクロンシェルターが足りなかった。(避難したのに入れなかった人がいた)

・やっぱり相変わらず、逃げようとしない人も多数いた。

これが問題点としてあげられていました。2点目の方のNHKの解説員?の人のコメントでは、「行政が避難勧告を周知徹底するシステムが整備されていない」ことを、原因にあげていました。

どうやって周知徹底するんだ?という基本的な疑問がわきあがりました。友人に聞いたところ、91年のサイクロンの時に、シェルターとともに避難勧告を出すための簡易的な設備を作ったはず、とのことでした。(真偽は確かめていません。)それが機能しなかったのか?それとも機能したとしても。。。

前回書いたのですが、被害にあったところは、世界最大のマングローブ密林地帯も含まれています。つまり、ハードが整っていたとしても、情報が伝わるのは難しいかもしれません。

それから、バングラデシュの戸籍?の問題。出生届や死亡届がきちんと出されない現実。どこにどれだけの人がいるか、正確にはわからないのではないかな?

それから。。。あえて書きませんが、いろいろ問題点があるようです。

前回、「(サイクロンシェルターの)必要性について伝える「人」の活動が続いてきたからこそ」と書きましたが、ここで私が言いたかった「人」は、たくさんのボランティアの人々のこと。行政の力だけではなく、村に入り込んで活動しているたくさんの「人」の力があったのでしょうね。

そんなことを思いながら、ニュースを見ました。こういう時、ものを送ってあげなきゃとか、お金を寄付したいとか思うのですが、援助物資の投下のような<点>の援助ではなく、<面>になるように努力している「人」もあそこにいるはずなんですよね。

きっと救助活動が軌道に乗ると、忘れられてしまうと思うのですが、忘れないこと、これも大切なことなんじゃないかな、っていつも思います。1回だけの援助で終わり、ではなく。「私たちの隣人に彼らがいる」のですから。

前回の記事で、ダッカ在住の知人のことを心配していましたが、ダッカの停電も2・3日で断続的になったようで、「たぶん大丈夫」じゃないか、ということでした。衛生面もダッカあたりなら関係ないでしょう、ということでした。

それにしてもいまだに、バングラのことを私があれこれしったかぶって「書く」ことに、ためらいがあります。あくまでも私は一旅行者だっただけで、生活したわけではないので。。。

*この記事は、11月20日に書いたものを加筆訂正したものです。

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2007年11月19日 (月)

バングラデシュサイクロン被害

20070905000710_edited 20070905000019_edited バングラデシュにサイクロンが来て、大きな被害が出ている。

http://www.asahi.com/international/update/1117/TKY200711170257.html

写真下は93年当時のバングラデシュの農村の風景。首都ダッカから少し北へ行ったあたり。左は水田、右は川。大雨が来たらあっという間にあふれて、道がなくなることは、想像がつくだろう。ちなみに写真上は、雨期の農村風景。

今回報道されているのは、バングラデシュ南部。ここは熱帯雨林で、バングラの中でもほんとうに人の手が入っていないところだと聞く。ガジュマルの森がずっとずっと続くところ。少し詳しい地図で見ると、湿地帯のマークが入っているところ。

今回のサイクロンは、91年に約14万人の死者を出したものと同規模とみられる。政府は、91年以降整備してきた「サイクロン・シェルター」と呼ばれる高床式の避難施設などに事前に避難を呼びかけていた。被害の大きかったデルタ地域の約300万人のうち約半数が避難していたという。(朝日新聞 071118)

この91年のサイクロンの時、日本からの救援物資(サイクロン・シェルター他)を受け入れるチームの中にいた夫。耳がたこになるくらい、この時の話は聞いてきたけど、「サイクロン・シェルター」にかなりの人が避難していたと聞いて、夫と2人で喜んだ。

「サイクロン・シェルター」をODAで建設したからといって、建てっぱなしでは、サイクロンが来たら自分から避難してくれるわけじゃない。この16年の間に、その必要性について伝える「人」の活動が続いてきたからこそ、今回のサイクロンで活用されたんだと思う。

今回の被害はまだ2000人、なんて言っているけど、先ほども話したとおり、熱帯雨林で情報の伝播の遅い地域のこと、これから続々と被害状況が報告されるだろう。それでも、91年の被害よりはせめて少なくあってほしい。。。

こういう時は、シャプラニールの駐在員ブログを見てみよう。それから。。。つい最近、赤ちゃんを連れてダッカに赴任した夫の友人で、私が大好きなSさん。大丈夫かなあ。。。ダッカ駐在とはいえ、衛生状態は悪くなるだろうし。。。

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2007年10月 8日 (月)

グローバルフェスタに行ってきて

今回、グローバルフェスタに参加してよかったのは、

バングラデシュOV会では、私は正確には家族会員のようなもので、バングラには行ったことはあるけど、現地での活動歴はない、素人だと思ってきた。

そういうといつも会長の奥さんで、自身も協力隊OVでばりばり活躍されているNさんは、「はるかさんは素人じゃないわよ~。(隊員としての経験は)気にしなくていいのよ。」って言ってくださる。他の人もそういう接し方をしてくださる。

そういえば、はなが生まれた年だったか。。。一人でベビーカーをひいて行ったなあ。。。初めて参加したのは95年、日比谷公園開催の歴史とほぼ重なるそうで。欠席は1回、みのりが生まれた年。

積み重ねってあるんだね、私にも。いつまでも卑下してなくていいんだ。

今回の収穫は。。。女性(元)隊員の人とメル友になっちゃったこと。去年、今年とおしゃべりしててて、何かが響きあったみたい。〇〇の妻、じゃない1対1の関係が嬉しい。もともとみなさん私のことは名前(ファーストネーム)で呼んでくださるんだけどね。

子どもが大きくなって子どもの相手はしなくてよくなって、大人どうしおしゃべりする時間も増えたから、今さらだけど知り合えたのかな。というわけで、もう一人の女性(元)隊員・Kさんもコメントお願いしますね~。

★:・゜ ☆:・゜ ★:・゜ ☆:・゜ ★:・゜ ☆:・゜ ★:・゜ ☆:・゜ ★:・゜ ☆:・゜

日本語教育のブースも覗いてみた。。。。ら!私の師匠Mさんの写真が!彼もふりだしは開発青年(現・日系社会青年ボランティア)の日本語教師。だからこういうところで紹介されていても不思議じゃないんだけど。

そのブースにいらした日本語教師の方といろいろ話していて、今まで日本語教師と言う職業を、自分でハードル高くしてきたのかなって思いました。ボランティアで知り合ったM大のYさんや昨日出会った人たちが共通して口にするのが、「これから一緒にやっていきましょう。」

こんな時思い出すのは、樹木医の塚本このみさんの言葉。のんびり、ぽれぽれと、やっていこう。。。

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2007年10月 6日 (土)

グローバルフェスタにて クイズです!

グローバルフェスタにて
さて、誰でしょう!(真ん中の人物です。)

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グローバルフェスタ2007

グローバルフェスタ2007今日は年に一度のお楽しみの、グローバルフェスタ。今年も我が家はサモサ屋さんになる。

毎年毎年メンバーは微妙に入れ替わるけど、1年に一回は会うから、最近は子ども同士も大きくなってきて、1年に一回しか会わないのに、仲間のようになっている。親たちがまだ独身の頃、彼の地で仲間どうしだったように。

今年は何も予定がなかったので、晴れて午前中から行けました!子どもにおこづかいを渡して、私は売り子、夫はサモサの皮巻き&揚げて。。。3時には完売。2000個弱売ったのかな?(写真のまんなか、白っぽい服を着ている人は、うちの夫です。)

グローバルフェスタ2007

ちょこちょこつまみぐいさせてもらって、おいしかった~。

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2007年10月 5日 (金)

サモサの仕込み(追記あり)

サモサの仕込み

明日はグローバルフェスタ。毎年バングラデシュOVの会でサモサ屋さんのブースを出してるけど、今年は仕込みからお手伝いに行きました。
まずはクミンとかのスパイスを混ぜて*①、パーチフォルンを作るところから。サモサの仕込みこれは、日本では売ってない、けど、これが秘訣らしい。先月バングラデシュに行っていた人が買いつけてきたもの、らしい。
次に、ジャガイモ・人参・タマネギ・ブロッコリー・ピーマン・なすを1cm角に切ります。
油を熱したところへさっきのパーチフォルンを入れて、にんにく・しょうがを入れ、野菜を炒めて、スパイス*②と塩をからめて、サモサの具ができます(順序はビミョーに前後するかも)。
あとは明日、会場で春巻の皮で巻いて揚げて売る!春巻の皮を使うのは、ブースが狭いから?とにかくたくさん売れるので、巻いて揚げるだけで、売れ行きにおっつかないでお客さんを待たせることもあるから、だと思います。
一緒に行った夫を残して、一足先に帰って来ました(娘たちの習い事の日なので…)。
娘たちも帰宅するなり「明日はグローバルフェスタだよね?」って聞いてくるくらい、楽しみにしてるみたい。
明日は晴れるといいね!楽しい一日になりますよう…。

*①:パーチフォルン(5ミックススパイス) ブラッククミン・クミン・フェネグリーク・マスタードシード・フェンネル・アヨワン(キャラウェイの仲間)を混ぜたもの、だそうです。何のことだ?って感じだけど。

*②:ターメリック パウダー・コリアンダー パウダー・チリ と書いてあります。でもきっと、エムニ(てきとー)じゃないのかな。。。。コミラ人さん、いかがでしょうか?

★インドではサモサというと肉のものも野菜のものも指すらしいですけど、バングラではサモサは肉の場合、野菜のものはシンガラといい、包み方も使用する皮も少しちがうそうです。でも、「サモサ」って言った方が、とおりがいいし、売れるので、サモサで通しているみたいです。

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2007年9月30日 (日)

シレットティー

今、ワッフルメーカーを注文しようと、楽〇市場を見ていました。

meremeladaさんおすすめのビタントニオワッフルメーカー。もっと安いのもあるけど、たい焼きが焼けるのに惹かれちゃいました。もちろん、使うのははな、です。

10000円以上で送料無料なので、あと700円分買おうかなって見ていたら。。。

見つけちゃいました、シレットティー。バングラデシュ北東部のシレットでとれたお茶です。

初めてバングラに行った時、シレットへも行きました。鉄道で8時間くらいかかったかなあ。協力隊の女性隊員の方の任地で、ダッカから一緒について行きました。

ダッカは暑かったのに、シレットは長袖が必要でした。冬は寒くて、凍死者がでることもあるそう。(基本的に彼らは薄着なので。)国境の山の向こうはダージリン。いいお茶が出来るのだけど、と、茶園を訪ねた時に聞きました。

巨大資本が入っていないからでしょうか、宣伝不足なのかな、だから安く買い叩かれちゃうのかな。。。

それがこんなにおしゃれになって売り出されていることに感激。ワッフルメーカーと一緒に注文してみようかな。

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2007年9月17日 (月)

雑感

あわただしい1週間でした。そして、実のある1週間でした。

今感じているのは。。。

変化に向けて、私の周りも私自身も動きつつあるってことかな。
今まで漠然としててまとまらなかったことが、まとまりつつあります。たくさんの偶然・必然ともいえる出会いのおかげで。
その出会いが私の背中を押してくれてる感じ。
「今やりたいこと」がはっきりしてきた感じ。

この波に乗っていきたいな~って思います。

☆★☆★

昨日は、夫の仕事の関係で、ベンガル人の方たちに会ってきました。研修で日本に来ている方たちです。ちょうどラマダン中なので、イフタール(断食が終わるときに食べる食事)でおもてなし(私は見てただけ)。

でも悲しいかな、ベンガル語はできないし、英語で話されてもとっさに話せない。。。

そんな中で、はなは片言で会話を楽しんだ様子。短い時間だったみたいだけど。さよならする時は、握手までしてました。みのりは、子ども同士で走りまわってたけど。。。

昨日も中味の濃い一日でした。充実の1週間だったなあ~。でもちょっと疲れた。。。

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2007年9月16日 (日)

読み聞かせ・スペシャルが終わって…⑤最終回

読み聞かせ・スペシャルに持参した衣裳です。自分で買ったのは右端のだけ。右から2枚目は夫のパンジャビ。残りの3枚は夫の友人からいただいたものです。サロワカミューズといいます。

左の端っこは3歳くらいの女の子用。鏡を刺繍で縫い付けてあります(ミラーワークって言います)。かわいいでしょ。肩にかけているショールは、オルナと言います。体の線を隠すため、らしいです。肩にかけたり、頭にかけたり、後ろに両端がくるように胸元にかけたり、いろいろです。

読み聞かせスペシャルの内容は、シャプラニールのHPを見ていただくとして、最後に衣裳を見せました。子どもたち、大喜び。

最初に見せた衣裳以外にも、夫が昔毎日身につけていた、ルンギも見せました。あんまり使いすぎて、破れちゃったんですけどね。ミャンマーとかではロンジーって言う、要するに腰巻です。たくし上げて短パンみたいにしたりすることも。夫は子どもが生まれた頃まで、夏はこれ。涼しいんですって。

実物を見せることが、こんなに効果があるなんて!時間が押してたからできなかったけど、触らせてあげたらよかったのかも。S先生が「女の子たち、着たそうだったみたいですね~。」っておっしゃってました。ほんとは着せてあげるつもりだったんですけど。

最後に「質問のある人?」と聞いたら、やっぱりありませんでした。そうだと思います。

で、感想を書いて。。。って思ったら、チャイムが鳴ってしまいました。それで、さいごにひと言だけ、私からしゃべらせてもらいました。

初めてバングラデシュに行ったのは、今から15年前です。ひと月バングラにいました。それからバングラデシュと言う国は、私にとって、ずっと気になる国でした。

はなのお父さんも、バングラデシュで3年間ボランティアをしていました。それからずっとはなのお父さんにとっても、バングラは気になる国でした。

私がこうやって人の前でちゃんとバングラの話をするのは、実は初めてです。バングラのことがずっと気になっていたんだけど、15年たってようやく、みんなに話すことができました。

今日話を聞いて今、自分が感じたことだけを、感想で聞かせてくれればいいです。答えは何年もかけて出てくるものだから。

最後の方は、チャイムも鳴っちゃったし、あわただしくて、ここに書いたみたいにうまく伝えられたかもう、覚えてません。でも、私がいいたかったことは、ここに書いたようなことだったはず。

自分に何が出来るかなんて、急いで今、考えなくていい。15年かけて自分の中で消化して、答えの一部を見つけた気がする私の体験から、そう思ったんです。こんな国があって、こんな生活をしている子どもがいる、それを知ることから。知って伝えること、それもまた意味があるはず。。。

バングラの土地を踏んだ次の日に、「『生活は貧しいのに、心は豊か。』なんて言葉で片付けないでほしい。」と、協力隊のシニア隊員の方に言われました。それが今でも頭から離れません。だからこれからも、私なりの伝え方をずっと、考え続けていくと思います。

そうそう、感想。。。思いもよらない感想ばかりでした(笑)。それでいいんだと思います。私は種まきをしただけ。。。

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2007年9月14日 (金)

読み聞かせ・スペシャルが終わって…④あいさつ

20070904185009_edited昨日、④の記事を書き終えたとたん、なんか操作ミスで記事が消えてしまいました。う~悲しい~。気を取り直して、今から書きますね。

パワーポイントがうまく動いてくれないので、そちらはS先生におまかせして、もともと最初の部分は画像なしで話すつもりだったので、話し始めました。

こんにちは。今日はね、バングラデシュの結婚してる女の人が着る、サリーを着てみました。では、まずあいさつから。

「ケモナチェン!」

これは、ベンガル語で「元気?」という意味です。久しぶりに友達に会った時、顔を見たらみんな、なんて言う?こんにちは、じゃないよね~。

「こんにちは」にあたる言葉は、「アッサラームアライクム」「ノモシュカール」って、いろいろあります。

でも、みんなと私は今までも、読み聞かせでなんどか会っていてもう、誰だかわかってるよね。だから今日はこの言葉で始めたいと思います。

「ケモナチェン!」

こう言って始めました。

実は、今回の導入部分でどうしゃべるかは、ずっと迷っていました。

夫が挨拶する時はいつも、「アッサラームアライクム」って言います。でもこれはイスラム教徒の挨拶。彼はベンガル語をイスラム教徒の先生から習いました。基本にのっとった、古典的なベンガル語をまず教えていただいたみたい。

でも、どうなんだろ、今回の場合は何か違う気がする。それに学校で話す時に使うのは?

じゃあ他に「こんにちは」に当たる言葉は?といったら、「ノモシュカール」かな、とは思いました。南アジアで使われている「ナマステ」が、ベンガル語になると「ノモシュカール」になります。でも、現地ではほとんど聞いたことはないのです。

そこで夫に聞いてみました。

いきなり友達に会った時とか、「アッサラームアライクム」って言うの?他に言い方はあるの?

そしたら教えてくれたのが、「ケモナチェン」。「元気?」くらいの意味。そういえば夫が電話とかかかってきた時に「アッサラームアライクム」って言った後は、「ケモナチェン?」って言ってました。あ、それいただき!

それで、今回はこういう始め方をしてみました。

そうこうしているうちに(話し終わっても、すぐには始められなかったんだけど)、パワーポイントが動き始め、本文に入ることができたのでした。

ところで、最初に挨拶した後に、「ケモナチェン。言ってみて。」って言ってもみんな何も答えてくれませんでした。

でも、めげずに最後に終わるときにも、ベンガル語で挨拶してみました。「アバール デカ ホベ (さようなら)」。そしたら今度はみんなが、ぶつぶつぶつぶつ口に出して言ってくれたんです。少しでも距離がなくなったみたいで、嬉しかったです。慣れるのに時間が必要だったんですね、きっと。。。

まだまだ続きます(くどい?)。。。

*写真は、バングラデシュの農村の田んぼの風景。

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読み聞かせ・スペシャルが終わって…③サリーを着る

20070904232222_edited_3 せっかく用意したパワーポイント、先週の水曜日に学校のPCで試してみました。担任のS先生におつきあいいただいて。その時はさくさく問題なく動いたのですが。。。

当日8:15には学校へ着き、前日にお願いしていた保健室の隣の相談室で着替えました。ぎりぎりまでずっと迷ったのですが、サリーを着て、ビンディ(おでこの真ん中につける小さな飾り。シールになってます。)をつけました。

南アジア=サリーのイメージだとは思うのですが、私としては、親がそんな格好をして娘が恥ずかしくないかと思ったのです。それから、クラスの子どもたちからいじめられないか、からかわれないかって。

娘に確認しました。そしたら「サリーを着てほしいな~。」って。「えっ、恥ずかしくない?」って聞いたら「サリーがいいもん!」って。クラスの子どもたちの反応も、後から聞いたら、まったく問題なしだったみたい。よかったよかった。。。

保健室を出て階段を1階から3階まであがって。。。そしたら、他の学年の読み聞かせが終わったお母さんに会ってしまいました。どきどき。教室の外に着いても学年集会が終わってなくて、そのまま外で待ちました。あ~だれも通らないでよ~。

トイレへ行く子ども、教室移動する子どもたちにしっかり見られちゃいました。やっぱり恥ずかしい。。。少しだけ緊張もしてました。

ひとりだけ誘った友達のTさんが到着して、私の格好を見たとたん「ぶっ」て、笑い出しました。まったく。私だって恥ずかしいんだから。

そのうち学年集会も終わったので普通に教室へ。私の格好に一番驚いていたのは、S先生でした。すみませんねえ、予告なしで。そしてPCの準備。。。と思ったら、あ~やっぱり、うまく立ち上がらない!どうしよう!

というわけでまたまた、続きます。。。

*写真は、ダッカ市街。国立博物館前。

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2007年9月13日 (木)

読み聞かせ・スペシャルが終わって…②画像

20070904233308_edited_3 9月11日、小5の娘のクラスで、道徳の時間をお借りしてお話をさせていただきました。

「バングラデシュのビルギスちゃん」

もともとはNPO法人のシャプラニール=市民による海外協力の会のHPにあった話です。1995年の時点で9歳の、バングラデシュの農村に住むビルギスちゃんを主人公に、彼女の住んでいる国・村の話、家や家族や学校のこと、補習学級や食べ物のことを、実際にビルギスちゃんにインタビューして、ひとつの話にしてあります。

HPには写真もあったのですが、画像が小さいので、パワーポイントにのせるとぼやけてしまいます。また数も少ないので、自宅にある写真で補って、スキャナで読み込んで、パワーポイントのスライドショーにして、それを見せながらHPの話を読みました。

写真なんですが。。。実はけっこう苦戦しました。私が旅行した時のもの、夫が撮りためていたもの、夫が人から引き継いだものでほぼそろったのですが、困ってしまったのが食事の場面とトルカリ(カレー)の写真。だって、食事してる時って、写真を撮らないでしょ、普通。

自分のを探しても見当たらず、夫の写真では日本人が食べている(いえ、呑んでる)場面のみ。困った~。夫の友人に聞いて探してもらったけど見つからなくて、夫の知人のあるNPO法人の事務局長さんに頼んでみました。その方は15年前バングラに駐在していらして、今でもバングラと日本を行ったりきたりしていらっしゃいます。

そしたらそしたら、普通じゃ手に入らないような写真をいただいてしまいました。首都・ダッカにある(少数民族の子どもたちのための)孤児院の食事風景。地方の同じような孤児院の食事風景。村で赤ちゃんがトルカリを食べている場面。ま、子どもたちには通じないだろうけど、私は感激してしまいました。

さらに夫の写真を探したら、ぴんと来るものがなかった「家」の写真が出てきました。撮影したのは夫ではありません。子どものための教育基金を運営していた方が写したもの。その後基金の運営を夫が引き継いだため、夫の手元に写真があったようなのですが。。。宝の持ち腐れじゃない、これじゃ。(15年間顧みられることがなかった。まったく~。)

ああ~、脱線してしまいました。次は衣裳の話になるかも。早く当日の話にたどりつかないと。。。

*写真は、首都ダッカの道端のマーケット。野菜が山盛り!

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2007年9月12日 (水)

読み聞かせ・スペシャルが終わって…

読み聞かせ・スペシャルが終わって…

こんな小さなスティックひとつで、昨日は楽しい時間がすごせました。この中に私の大切な写真や文書ファイル全て、入ってます。

更新は後ほど。

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2007年9月11日 (火)

読み聞かせ・スペシャル 終わりました!

読み聞かせスペシャル、終わりました!
少しPCのトラブルもあったけど、それが直ってからはもう、夢中。
楽しかった!
クラスのみんな、担任のS先生、ドンノバード(ありがとう)!

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2007年9月 5日 (水)

読み聞かせスペシャル、準備進んでます

20070904180621_edited_2

昨晩、パワーポイントをほぼ完成させました。あとは食事の風景を入れて、もうひとつ何か入れようかな~どうしようかな~といったところです。ついつい、この写真もいい、あの写真も入れたいって欲張っちゃうんですが、話の輪郭がぼけないように、極力しぼりました。

初パワーポイントだったのですが、これ、ホント面白い。夫が「見てみて」って言いたくなる気持ち、わかりました。

写真は約15年前のバングラデシュの農村の風景。きっと今でもあまり変わらないでしょう。私は左の建物に一人で泊めてもらいました。ここのうちは息子みんな大学卒(長男は首都のダッカで、日本人の家の使用人をしてました)。村で一番立派な家です。

右側の土壁の家と、真ん中のジュートの芯?で壁を作った家と。

この時の旅行記は、以前少しだけまとめたのですが、村に行った時のことも書いてみたいな。。。いつか。。。今でも結構鮮明に覚えています。。。

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2007年8月23日 (木)

ベトナムのツェー

ベトナムのツェー
夫の職場に併設されているカフェにきています。画像は、ベトナム風緑豆ぜんざい。久しぶりにシンハ(タイのビール)もいただきました。

1学期は働きづめだったので、いわゆるエスニック料理は久しぶりの気がします。…やっぱりこういうの、好き。

明日は娘たちが帰ってくる!満足できるだけの準備はできなかったけど、5日間そのことだけ考えていられたのは、幸せでした。
娘たち、実家の両親に感謝…です。

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2007年8月21日 (火)

読書の日

読書の日昨日は一日、この本を読んでました。

沢木耕太郎 『一号線を北上せよ ヴェトナム街道編』 です。

バイト先で入荷した本を棚に入れていたら、たまたまこの本が入らなかったのです。たまたま。入らない本は担当の人にまかせるのですが(棚のレイアウトとかあるので)、見たとたんにぴーんときちゃって。買って帰りました。^^v

沢木の作品は『深夜特急』しか読んだことありません。でも繰り返し何度も読んでます。ちょうど東京に出てきたばかりで、海外一人旅から足を洗った頃出会った作品だったから、むさぼるように読んでました。

その頃バックパッカーをしていた友達が言うには、「(『深夜特急』は)チベットのゲストハウスにも置いてあったよ。」みんな、荷物が重くなるの嫌だから?読み終わった本はゲストハウスとかの本棚に置いて行っちゃうんですね。(そうやって置いていかれた「地球の歩き方」には、大変お世話になりました。。。)

その後、大沢たかおが主演して、テレビで放送されて。。。その時以来、大沢たかおのファンです。

で、沢木耕太郎。。。朝日新聞にも連載を持っていて、ちらっと読んだら。。。難しかった。。。。じっくり本を読む時間もなかったので、他の作品を手に取ることもなく10年以上がすぎました。母がほとんどの作品を読んでいるようで、評判は聞いていたんですけどね。

今回この作品を読んで。。。年を取るにつれて旅のかたちは変わっていく部分もあるけど、やっぱり本質は変わらない。それでいいんだよってこと。そんなことを感じました。

あ~それにしても、ザックひとつで旅をしたい!また18きっぷの旅に出たい!(18きっぷの一人旅は、一昨年にしましたが。。。)

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2007年8月16日 (木)

読み聞かせスペシャル企画

前にもチラッと書いたかと思うのですが。。。

こんなに暑くて暑くてたまらない毎日なのですが、昨日くらいから体が楽になってきています。

で、ようやく始動しようと思います。。。

9月に上の娘のクラスで読み聞かせをするのですが、今回はスペシャルバージョン。授業の時間を半分くらいいただいてやります。実は1年くらい温めてきた企画です。

なんどかここでも紹介したNPO・シャプラニールのHPに子ども向けの「シャプラキッズ」というページがあります。そのページにはバングラデシュと、バングラデシュの村で暮らす女の子(10歳)の話が書かれています。

その話を読もうと思うのです。

普通に読み聞かせの時間(10分)で読んでおかしくないかどうか、それも迷っていたため、読み聞かせの先輩に相談しました。そしたら「読み聞かせの時間だけじゃもったいないよ。写真とか見せられるんでしょ。そしたら10分じゃ終わらないよ。担任の先生に相談してみたら?」と言われました。

夫にはちょっと反対されました。彼も開発教育に多少は関わっているため「どこに落としどころを持っていくか難しいぞ。」と言われました。

それもすべてひっくるめて担任の先生にご相談しました。まず最初に言われたのが「で、最後に『募金しましょう』とでも書いてあるんですか?」。そう、担任の先生も「どこに話を持っていくか。」を聞かれたのです。

ちょうど上の娘は小5。10歳の女の子とは同年代です。「あなたたちと同じくらいの年の子が、こういう生活をして、勉強している。こういう子がいるんだ、身近に感じる、それだけでいいです。」と伝えた。「かわいそう」と同情してほしいわけではないのです。

授業時間をいただくということは、学校側の承諾も必要なこと。読みっぱなしというわけにはいきません。私の話を担任の先生はちゃんと理解してくださって、「いいですね、やりましょう。」と言ってくださいました。

生の写真があるのも、良かったみたいです。夫がバングラにいた3年間の写真は、飲み会の写真が半分くらい、あとは柔道してたり。。。でも、村の識字教室に行った時の写真や、子どもたちの写真、私がバングラを旅行したときのリキシャの写真などがあったので。。。

シャプラニールにお電話したところ、快諾していただきました。でも、HPにのってる写真はデジタルデータとして残っていないため、貸していただくことはできませんでした。

そこで今日、夫の協力隊の先輩にもお電話してみました。食事風景、または村の料理の写真があればいいなって、お願いしました。私は「ベンガル料理の本」は持っているのですが、きれいすぎて。。。アルマイトのたらいのようなお皿で、水のようなトルカリ(カレー)の写真が見つかるといいのですが。

その時も“落としどころ”の話をしました。そしたら、「いいじゃない、どう受けとったって。いろんな感じ方があるんじゃない。変に落としどころは作らなくていいよ。○○さん(私)の言うとおり、自然な形で入っていくのが一番よ。私たちの子どもたちのように。」夫はちょっと、まじめすぎかもよって(笑)

というわけで、私も夏休みの宿題にそろそろ手をつけようかと思います。自由研究みたいですね。これをパワーポイントにして(これは夫が手伝ってくれます)、発表しようと思います。どんなことになるやら。。。また続きは報告しますね。

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2007年2月 6日 (火)

イラン日記

更新が、のびのびになってしまいました。

それは…今、友人がイランに滞在していて、ほぼ毎日メールで「イラン日記」を送ってくれるからなんです。

現在台湾の大学の助教授をしている彼は、私たち夫婦にとっては兄ちゃんのような存在。ブラジルを皮切りに、インドネシア、台湾で日本語や社会言語学の講義をしてる(らしい)。このブログにも、登場したことがあります。(実は先月も、日本で会っていたりする。夫は二人で呑みに行っていた。)

その彼が、台湾の大学の休みを利用して、今イランのテヘランの大学で集中講義をしているらしい。で、テヘランでの日常風景や、授業の様子なんかを毎日送ってくれる。

…ただ送ってくれるのではなく、CCやBCCを使わずに、一人ひとりにメールを送ってくれてるみたい。だから今、毎日文通状態。

その上、大学のゲストハウスに滞在しているらしいんだけど、PC・ネット環境がよくないみたいで、WindowsもXPでもなく、ご想像の通り、文字化けをしてしまう。だから、日記の部分はワードで漢字・ひらがな表記、それをメールに添付して、メール部分はローマ字表記の日本語でやりとりしているのです。

毎日の日記は読み応えあるので、こちらも感想を返したい、で、ローマ字表記のメールをせっせと打っているので、ブログどころではなくなってしまった。

それにしても、今回の日記のおかげで、月並みな言い方だけど、「イラン」という国が少し近くなった気がする。

イスラム教徒の多い国、という意味では、バングラデシュに滞在したこともあったので、勝手に頭の中でイメージしていた「イラン」という国の街並みがあった。子どものときの友達がお父さんの仕事の都合で住んでいたカイロ(エジプト)や、別の友達が留学していたシリアでの話、耳学問のレベルで思い描いていた街並み。

それが、全く違っていて、心地よく期待を裏切られた感じ。そして、今まで「中近東」という言葉でひとくくりにして考えていたのを、すまなく思った。

知るということは確実に、相手との距離を縮めてくれる。そんなことを考えさせてくれる、「イランからの日記」である。

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2006年12月13日 (水)

ムハンマド・ユヌス博士

先日、グラミンバンクがノーベル平和賞を受賞したことを書いたけど、今日、ユヌス博士のこんなサイトを見つけた。参考までに。

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2006年11月21日 (火)

インドカレーでランチ

今日は友達と3人でインドカレーを食べに行ってきた。それもわざわざ電車に乗って!

夫と2人で何度か出かけた、新宿サザンテラスの中にある店。以前と違って値段が高くなっていたので、ちょっと心配だったけど、大丈夫、今回も美味しかった。

カレー4種とナン・サフランライス・サラダ・デザートのバイキング。カレーは、私の好物のダル(豆)のカレーと、カリフラワーとじゃがいものカレー、キマカレー、チキンのカレー。

昨日のカレーも美味しかったけど、今日はやっぱりスパイスが違う。鼻にツンとくる辛さ。

食べてる間は、ひたすらしゃべった。一応制限時間90分って書いてあったけど、結局2時間くらいいたと思う。。。こんなにゆっくりできたのは、久しぶり。

お店を出て、向かいのfrancfrancでクリスマスグッズを見て、帰った。高田馬場の乗換えを忘れそうになるくらい、よくしゃべった。学生の頃みたいに。

家庭の事情も子どもの性格も違うから、送ってる生活も少しずつずれてきているんだけど、ま、それもどうでもよくなっちゃうのは、今年の春まで一緒に幼稚園の運営をがんばってきた「仲間」だからかな。

また食べに行きたいね。次のチャンスまでに、お店の情報を集めておくから。そうそう、Tさんとも沖縄料理を食べに行きたいねって言ってたんだ。こんどは4人で、行こう!

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2006年11月16日 (木)

インターネットの威力

最近夫とバングラについて話したり、バングラで会った人々からメールがきたりして、すっかりバングラづいていた。2人で、「(下の娘が)卒園するし、いいかげんに旅行でいいから行きたいね。」なんて話していて、普段の生活も少し上の空だったりする。

そんな時嬉しいのは、シャプラニールのHP。お目当てはバングラデシュとネパールの駐在員の方のブログ。バングラとネパールの「今」を垣間見ることができて、楽しい。なんといってもどちらの国も、旅行してから13年たってる。ずいぶんと変わってるんだろうな…。

今日はネパールに駐在していらっしゃる藤崎さんのブログを覗いて…コメントをしたら、こちらにもいらしていただいたみたいで…すごい、ネパールとつながってる。

バングラに行った時、電話で苦労したことを思い出す。街中の電話屋さんでもよかったみたいなんだけど、バングラではT/Cが使えなくって、日本円ならホテルで両替できたので、両替ついでにホテルに行っていた。でも、ほんとに電話がつながらなくって!!ローカルの電話はもっとつながらなかったし。

それが今では、ネット経由ですぐにつながってしまうのだから、ほんとにすごい。

台湾の友人からメールが来るたび、すごいな~って思ってたけど、ネパールの電気事情・通信事情を考えると、もっと感動してしまう。

反面、夫の話を思い出してしまうのが…バングラで3年暮らしていて、日本とはなかなか連絡を取れず、しんどく孤独な思いをして、でもだからこそ、自分のいる「ここ」を味わうことができた…という話。

確かに彼は、バングラデシュの首都・ダッカの旧市街も自在に案内してくれて、「自分の足で歩いてる」、そういう実感が持てたものだった。

インターネットですぐに連絡が取れる、業務上ではとても大切なことだろうけど、生活上はどうなのだろう?聞いてみたい気がした。

※今日は大失敗をしてしまって、寝る気が起きないで、夜更かししています。。。いつまでも子どもで、ほんとうに困ります。>私

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2006年10月21日 (土)

グラミンバンク ノーベル平和賞受賞!

バングラデシュのグラミンバンクが、ノーベル平和賞を受賞した。下層からの経済的・社会的発展を創造する努力を認められてのことだそうだ。

バングラにいたとき、何度か会話にも出てきたグラミンバンク。担保をとらずに、農村の女性たちに融資を続けてきた、草の根の活動。詳しくは、バングラデシュで活動する日本のNPO・シャプラニールのブログを見ていただきたい。

さっき、ノーベル平和賞の受賞者リストを見てみた。政治家、先進国の非営利団体、国連、そういった中にたとえば、マザーテレサとか、アフリカのマータイさん(MOTTAINAI)とか、途上国の受賞者がちらほら。

政治家がノーベル平和賞をとっていいのかとか、いろいろ意見はあるようだけど、それはともかく、途上国で本当に困っている人の中に入って、地道に活動を続けてきた人たちの受賞っていいなあって思う。

明日を考えることも難しい、そういった不安定な状況を、少しでも落ち着かせることができるのなら、それは世界の安定にも影響していくに違いないから。

先日のグローバルフェスタで、わたしたちのブース(バングラデシュOVの会)に買い物に来た人の中には、何らかの形でバングラを訪れたことのある人も買い物に来てくださった。ある人が投げかけた疑問「こちらの会の人たちは、どういった分野でバングラデシュで活動していたのですか?」

私はただの素人だけど、バングラデシュOVの会は青年海外協力隊のOV会。バングラは協力隊の中でもあらゆる職種がそろっているところだそうだ。「そうですね、農業指導や養殖が専門の人もいれば、技術職・自動車整備とか、電気技術者もいます。それから、手工芸品・婦人子供服、看護婦さん、学校の先生もいるし、識字学級にかかわっている人、それからスポーツ、柔道や水泳の隊員もいますよ。」などと、頭の中にOV会の会員の人たちの頭を浮かべながら話した。ほんと、あらゆる職種がそろってる。

そしたらその人が言うには「バングラデシュにはもっともっとNGOが入って、たくさんの人を助けないといけない。」

私も「援助」にはこんなにいろんな形があるなんて、知らなかった。例えば、支援先で足りないものを送る、日本でバザーをした収益を贈る、寄付した現金で井戸を掘ったり学校を建てたりする。いろんな形があると思う。

協力隊を知り、シャプラニールと出会って知ったのは、「自立」を支援すると言う方法。支援先の人々に生きる力をつけてもらうために、なにができるか。これって、援助される側と援助する側の上下関係ではなくって、人間として「対等」な関係を作ることなのかな。

協力隊の説明会まで行ったのに、結局あきらめてしまったんだけど、そんなことを知ることができた私って、とっても幸せだと思う。

グラミンバンクが担保をとらないのは、「人間性を担保する」ってことだそうで、やっぱりそこでも人間として対等なんだよね、きっと…。

※協力隊とシャプラニール、並べて書いてしまったけど、活動の仕方はまただいぶ違うと思います。ただ、私見を恐れずに言うなら、協力隊の場合は現地の人材を育てるというところがポイントかと思います(技術供与)。シャプラニールは、現地の人々の自立を支援するために、地域社会に対して働きかける、ということでしょうか。ただの素人の私がいうよりも、直接それぞれのHPを参照してください。ここに書いたことは、傍からみていての感想程度です。。。

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2006年10月 2日 (月)

グローバルフェスタJAPAN2006

昨日は、日比谷公園で行われた「グローバルフェスタJAPAN2006」に行ってきた。以前は国際協力フェスティバルと言っていたお祭り。なんで名前変えちゃったんだろう。前の名前の方が、どんなお祭りか伝えやすくって、怪しまれずにすんだのに。

グローバルフェスタ、夫の関係で「バングラデシュOVの会」から参加して10年以上たつ。と言っても、私は会員でもないのだけど。同窓会の代わりにもなっていて、毎年この日だけ会える人がほとんど。(今年は7月にパーティーもあったけど。)会員でもないけど毎年顔を出す人もいて、ま、なんでもいいや、楽しんじゃえって感じ。

毎年定番メニューで、バングラデシュのシンガラを作って売っている。シンガラとは、野菜だけで作ったサモサのようなもの。中身はじゃがいも・にんじん・たまねぎ・ブロッコリー・なすにスパイス。それを春巻きの皮で三角に巻いて揚げる。ここ数年は、呼び込みと販売専門。これを食べながら売るのが、楽しい♪

おととしあたりから、上の娘が子どもだけで楽しめるようになってきて、おこずかいを持ってあちこちのブースをのぞいているみたい。今年は下の娘も連れて行ってくれた。夫の友人に言われた「いつも終了間際にいろいろ安くしてもらって買ってくるよね。」…主婦の鑑のようだ。私にはできない。(^^;)

今年は「世界の人たちの募金を分ける」お手伝いをしたらしい。シンガポールのコインは4ヶ国語で書かれているとか、学校では絶対に習わないようなことを聞いてくる。そうそう、学ぶのは机の上だけじゃない。。。

せっかくのおまつりも今年は途中から雨になってしまって、残念。でも子どもたちは子どもたちで雨を楽しんだ模様。雨にぬれたかっぱのままお邪魔してしまったよそのブースの方々、ごめんなさい。

ちょっとしたハプニングがあった。高校時代の同級生で、大学院の上級生(笑)がスタッフとして来ていた。難民支援のNGOに関わっているとは聞いていたけど。。。びっくり。(でも、シンガラ買って行ってくれなかった(涙)。)

さらに前日は小学校の運動会だったし、我が家にとってはハードスケジュールだったけど、娘たちにとっては「2回目」の居酒屋へ繰り出して、今年も無事終えたのでした。来年が今から楽しみ。

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2006年8月25日 (金)

カオサンの「たかちゃん」

昨日のBBQの最中に、今年入園してきた人と話した。学年が違うと、今までなかなか話す機会がなかったんだよね~。

ご主人が仕事でインドネシアに行っていた…という話を聞いていたから、「あなたは?」と聞いてみたら、なんと彼女も元バックパッカー。「バンコクも、モノレールとか通っちゃって、都会になったみたいだよね~。」なんて話になって。

私「あのモノレールの下に、私が泊まっていたゲストハウスがあったんだ。立ち退きになっちゃったけどね。」

Yさん「なんて名前のところですか?」

私「T.T.2ゲストハウス、って言うんだ~。」

Y「どのあたり?」

私「ホアランポーンとGPOの中間くらいのところにあったよ。シープラヤ通りだったかな~、そこからちょっと入ったところ。」

Y「ああ~じゃあ、マレーシアホテル方ですか。」

私「マレーシアホテル、ホアランポーン(駅)なんて単語が通じるのが、すごいよね~。マレーシアホテルまでは行かないけどね。」

Y「私、楽宮ホテルの隣のジュライホテルに、1泊だけしたんですよ~。」

私「ええ~!!怖くなかった~?」

Y「怖かった!!」

私「いつもそこに泊まってた…わけないよね?」

Y「いつもは、カオサンです。」

私「私はなんとなく、近寄りにくかったな~。(しばらく間)ねえ、カオサンの名物日本人…たかちゃん、だっけ?知ってる?」

Y「(しばらく間)ああ~、知ってます!ツーリスト(旅行社)にいた人でしょ。なんとかエレファント。」

私「そうそう、動かないエスカレータがある!」

Y「白っぽいこぎれいなビルじゃありませんでした?」

私「そうそう、きれいなビルなのに、何でエスカレータ動かないの?みたいな!」

Y「わかります、わかります~!!」

こんなところで、こんな盛り上がり。ウソみたい。話を聞いていると、彼女がバックパッカーをしていたのは、私と同じ頃みたい。同じ種類の血を感じたのかな~。一気に時間が飛んだみたい。いつかまた、行けたらいいな~。在外に。

ところで、「たかちゃん」、日本人なんだけど、タイのツーリストにいて、困ってる日本人をほっとけない、お世話好きの「いい人」(友人の言葉より)…という噂の人でした。私はどんな人かお会いしたくて、わざわざエクスプレスボート(チャオプラヤ川を運行している、乗り合い船)に乗って、たずねたのでした。

あっつ~い中で、ハイネケン(バングラで)やシンハー(タイで)を水のように飲んでいたあの頃が、懐かしいな~。昨日は円熟(←発泡酒かい!)をたくさん飲みました。。。

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2006年7月24日 (月)

本格カレー

昨日出かけた帰り道、ジョ○○○に寄った。入ったとたん、大好きなスパイスの香りがして…メニューを見たら「本格カレー フェアー」だそう。

インドカレーは、専門店以外でははずれることが多いから、タイカレーにしよう!と「グリーンシーフードカレー」を選んだ。

ただ…グリーンカレーは、レッドカレーに比べて辛いはず…そこに甘いカレーに合わせるはずのシーフード…ちょっと引っかからないでもなかった。でも、においに誘われて注文。

一口食べて「辛くない!!」…隣で夫は黙ってる。「当然だろ」とでも言うように。。。

彼は中途半端なアジアンメニューには手を出さないんだよね。だって、インドカレーの店で手で食べちゃう人だから。といっても、どこでも「手で」食べるわけじゃない。ここなら!というところでだけ。鼻が利くんだろうか…。

食後に「ココナツアイス」を娘たちが注文した。だいぶ待ってから後、「今日は品切れです」と言われ、がっくり。今日はついていない日だったのかな。

あ~南新宿のインドカレーのあの店へ行きたくなってきた!!

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2006年5月29日 (月)

新宿中村屋本店に行ってきました

いつも、おいしいものを食べ終わってから、気づく…「ブログに載せる写真を撮るの、忘れた!」というわけで、今回はショーケースで失礼します…。

高級インドチキンカレーに、つけあわせはピクルスと、他2種となぜか日本風にらっきょ。それから、粉チーズもついていた。

「インドカリーセット」にしたから、他にサラダと飲み物(今回はマンゴージュース)。

インド料理専門店で食べるカレーに近い気がするけど、日本人受けしやすくなってる感じがした。でもとにかく、おいしかった!

これが、R.B.ボースが日本に「輸入」したという、純インド式カレー。早く「中村屋のボース」を読み終えなきゃ。

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2006年4月19日 (水)

ダワットその後

娘の学校では、総合学習の時間に英会話を習ったり、道徳の時間にアフリカの飢餓について習ったりしている。学級文庫には「はだしのゲン」があったり、ベトナム戦争の話も授業で習ったそうだ。

愛知万博に行った時、ベトナム館に入ったら、「ベトナムってきれいだね!こわいところじゃなかったんだ。」と、娘が言った。

物事はにはいろんな面がある。いろんな方向から見たほうが人生楽しいし、面白い。これはよその国のことを知ることにももちろん、関係があるだろう。「アフリカ=飢餓」「ベトナム=戦争」「バングラデシュ=最貧国」そういった見方しかできないと、そこから先に進んで、その国ことを理解しようとはしなくなるだろう。

私たち夫婦はバングラデシュという国で出会い、この国を隣人のように思って、きた。娘たちにはいろんなバングラのこと(良いことも悪いことも)を知ってほしい。小2の時、娘がたまたま学校を休んだ時、担任の先生はバングラの子どもが飢餓で亡くなるまでの映像を見せたそうだ。休んでいてよかったと正直思った。

今回のダワットも、バングラのいいところを、少しでも身近に感じるきっかけになってくれたらいいなと、ちょっと欲張っている。(シマさんと仲良しになれただけで充分だけどね。)

私たち夫婦が伝えたいことはひとつ、「世界にはいろいろな人がいるよ!」

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2006年4月18日 (火)

ダワット(ご招待)

先週の金曜日、夫の友人(大学院の同級生)宅にご招待された。

正確に言うと、バングラデシュからの留学生のラーマンさん。奥さんがバングラデシュから来日しているので、彼女の手料理を振舞ってくれるという。

13年前、初めてバングラデシュを訪れた時、村の奥さんたちが料理をしているところをぼんやり見ていたけど、目の前で見るとなかなか面白い。日本語の全く話せない彼女(シマさん)と、片言のベンガル語といいかげんな英語で会話しながら、料理をしているところも娘たちと一緒に見せてもらった。

ゆでたじゃがいもと、やまいもが、シマさんのしなやかな手でどんどんマッシュになっていく。ときどきつぶした唐辛子を混ぜながら。茄子も同じようにペースト状になっていく。娘たちはただただ驚いている。

そのうちラーマンさんがラッチ(ラッシー)を作ってくれる。ヨーグルトと氷だけかと思ったら、牛乳も入っていて、濃厚。

「奥さんは手で食べますか?」「ごめんなさい、スプーンがほしいです。」

なんとなく食事が始まる。イスラム教徒だからアルコールなし。だから乾杯もないし、ほんとうに「なんとなく」始まる。まず、お皿にご飯を盛る。そこに、チキン、牛肉のカレー煮込みといったらいいのだろうか。いわゆる日本のカレーとは違うけど、そういった何種類かのカレーを好みで皿に盛る。

で、さっきのジャガイモややまいも、茄子のペーストをさらに皿に盛って、ご飯にレモンをしぼって…さあ、いただきます!

夫はおもむろに手で食べ始めた。彼はバングラデシュに3年住んでいたから…嬉しそう。

私の好物の「ダル」もいただく。豆のカレーだけど、彼女のはスープ状になっていて、豆の存在がわかりにくい。「今日は家庭料理だから」ってラーマンさんは話していたけど、確かにいわゆるインド料理店で食べるダル・カレーは豆だらけだから…。でも、このしゃびしゃびのカレーに、いろいろトッピング入れて、ぐしゃぐしゃに混ぜて食べるのがおいしいんだから。

バングラの川魚のカレーも出てきた。静岡から冷凍で取り寄せてくれてるって。すごい、歓迎されていることがわかる。

残念ながら娘たちはチャパティを食べるのが精一杯。ラーマンさん、シマさん、ごめんなさい。

食事をしながら、バングラデシュの話もした。奥さんは哲学を専攻している大学生だという。バングラでは、かなりいい暮らしをしている人たちであろう。ラーマンさんは「私もバングラに帰ったら、ボランティアをしなくてはならない。」自分の国のために何かできないか、考えているようだった。バングラで長年活躍している日本のNGOの話、バングラの人たちがつくったNGOの話、バングラのジュートで作ったとってもおしゃれなバッグが東京・青山で売られている話…私も他の三人のようにベンガル語が話せたらいいののに、と思いながら、話した。

「今度は(夫たちの)学校に遊びに来てください。」と言われて、彼らの留学生寮を後にした。本当にこんどこそ、けやき並木のきれいな、夫の学校に遊びに行こう。(生協のSさんにも会いたいし。笑)

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