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2011年3月

2011年3月29日 (火)

春はそこまで。。。

子どもたちの習い事の送り迎え以外に、家から出ることがほとんどない毎日。
それでも季節は確実に動いている。

昨日、春から中3になる長女が言いました。「何も予定がなかったら、被災地にボランティアに行きたい。」
地元でもできること、あるんじゃない、と話していた矢先、ラジオから流れて来た救援物資仕分けボランティアの情報。
どうやら我が家の近くの倉庫でやってるらしい。
今日、ひとりで送り出してみました。
いい顔をして帰って来ました。楽しかった、明日も少しだけしか行けないけど、行ってくるって。

親の背中を見て、育ってるんだなあと、嬉しくなりました。

ふと気づくと、肩に力がキュうっと入ってた今日この頃。
ふっと力が抜けた瞬間でした。

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これもまた、母のブログより。
習い事の送り迎えの途中、桜並木の下を通ったら、昨日より確実に枝がピンク色になっていました。
春はそこまで。。。


2011年3月28日 (月)

マスター・キートン

遅々として進まない研究。三重苦の中思い出すのは、「マスター・キートン」というマンガのある場面。

キートンの先生であるユーリー・スコット教授は、ナチのロンドン空襲で大学が焼けたときも、授業をつづけた。
「さあ、諸君、授業を始めよう。あと15分はある!」
「敵の狙いはこの攻撃で英国民の向上心をくじくことだ、ここで私達が勉強を放棄したら、それこそヒトラーの思うツボだ!」
(「屋根の下の巴里」)
 
またスコット先生はは、キートンに
「どんな状況に置かれても、研究を続け、立派な学者になりなさい」
とのことばを残している。

地震以降、何度もこの場面が思い浮かぶ。
先生が地面に落ちた本を拾い上げほこりをはたいて、朗らかに言う顔。
その場面が何度も頭によみがえる。

2011年3月24日 (木)

春はすぐそこに…

ここ数ヶ月、いろいろありすぎてよくわからない毎日。
窓を開ける気にもならなくて、家の中の空気はよどんでる。

それでも世間の時間は流れていて、それに振り回されるように出かけ、事を成してくるけど、
家に帰ればとにかく生きていればいいか、という生活。

そんな中今日、ちょっとだけパンを買いに出かけてきました。
のんびり出かけたのは久しぶり。
お店の隣には桃の花が咲き誇っていました。

そうか、もう春はすぐそこまで来てるんだ。


Web

母のブログより拝借「北に向かって咲くハクモクレン」
もうすぐ桜も咲き始めるかな…

2011年3月16日 (水)

心に花を

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「全身胸やけ」状態の今日この頃。
いつまでも地震の画像でも、と思い、
先日出席した従妹の結婚式のテーブルのお花です。
94歳の(私の)祖母の周りに、ひ孫が全員揃いました。
幸せな時間を、おすそ分けしますね。
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こちらは、夫の友人の「結婚披露な宴会」でプレゼントした
ドライフラワーのリースです。

心に花を。

2011年3月12日 (土)

無事です

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今まで生きてきて、一番強くて長い揺れでした。
大学でのアルバイト中でした。
ゆさゆさ揺れてるなあ、長いから地震かなあと思っていたら、ドンっと来ました。あわてて机の下に潜ったら、背後の棚からファイルが落ちてきました。職員の方が声をかけてくれて、離れたところにあるテーブルの下に、駆け込みました。

ネットがつながったので、状況はすぐ把握でき、大学側の誘導もあり、落ち着いていられましたが、家族とはなかなか連絡がとれず。
離れていて、なかなか状況がわからない辛さを味わいました。
携帯電話、携帯メールは、あてにできませんでした。

何とか夫と連絡がとれ、娘たちの無事を確認できた頃、余震も落ち着きました。避難していた建物から、バイト先の建物に荷物を取りに行くことができ、明るいうちに帰ることができました。
このあたり(多摩東部)は交通以外は普通に日常が続いているようですが、大学(23区)では、電車が止まっていて帰宅できない友人たちが、暖房が止まっている中、夜明かしをしているようです。
別の友人(男性)は10時頃に帰宅できたようですが、徒歩で帰宅する人々と出会ったそうです。

12時すぎに、久しぶりに余震を感じました。
今日は親子寄り添って休んでいます。

*こんな時にブログなんて....とも思いましたが、心配していてくださっている方へ、また、書くことで自分が落ち着きたくて、書きました。

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